スキー王国の発祥!

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ここは飯山城址、長野スキー発祥の碑が

第58回全国高校スキー白馬大会が開催中、
長野県勢は「白馬」のほか、
飯山市内と周辺高校の選手達が活躍している。


市内「妙専寺」17世住職市川達譲(たつじょう)氏、
明治45年(1912年)にレルヒ少佐からスキー技術を習った。
一本杖スキーは、身長を超える竿一本で左右交互に回転する、
スキー板は木製単板で身長より短めのようであった。
達譲氏はこの地方に一本杖スキーを普及させ、
これにより、長野県スキー発祥の地は飯山市となった。

約百年後、この地方において、
オリンピック選手を輩出するほど「スキー文化」が根付き、
多くのスキー場にスキーヤーが集っている。
後輩の高校生達が活躍し、
小学生以上は、冬の授業でスキーやクロスカントリーを楽しむ。
Nスキー場で、数Kmのロングコースを保育園児達がスキー教室していた。

一本の竹杖とスキー板が、百年後にスキー大国を誕生させた。
明治維新に功労のあった元勲(げんくん)のひとり、木戸孝允(きどたかよし)の漢詩、
「勧学(かんがく)」
駑馬遅しと雖も 積歳多ければ  どばおそしといえども せきさいおおければ
高山 大沢 尽く過ぐるに堪えたり こうざん だいたく ことごとくすぐるにたえたり
請う看よ 一掬 泉巖の水     こうみよ いっきく せんがんのみず
流れて 汪洋 万里の波と作る  ながれて おうよう ばんりのなみとなる

如何に足の遅い馬でも、倦まずたゆまず長年月かかって歩みつづければ、どんな高い山、大きな沼沢地でもすべて通過することができる。ほんの一すくいの岩間の泉も、絶え間なく湧き出でて流れ流れてやむことがなければ、ついに広々と果てしない大海万里の波ともなるのである。
人も不断の努力を積むことが大切であって、多少の才能などは問題ではないのである。





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